1923年9月1日午前11時58分、相模湾北部を震源とする巨大地震が関東地方一帯・静岡・山梨の広範囲を襲いました。
M7.9、死者105,000人、行方不明37,800人、全壊家屋128,000戸、全焼家屋447,000戸。関東大震災です。その被害総額は、当時の55〜60億円にものぼりました、これは国家予算の1年4ヶ月分にあたったと言われています。
戦後最大の被害をもたらし、記憶にも新しい95年の阪神・淡路大震災はM7.2、死者6,372人でした。
亡くなった方の数だけでも、関東大震災が想像を絶する悲惨な災害であったことがわかります。地震の規模も大きかったことに加えて、お昼時だったので、台所で調理中の家庭が多かったことが重なり、倒壊した家々から出火、瞬く間に火の手が広がりました。
このため、火事による死傷者が増大し、最終的に死者行方不明者が14万人という途方もない数になってしまったのでした。
今月の聖歌「とおきくにや」は、この大震災の夜に作られました。
作詞・作曲をしたJ.V.Martinは、大阪市立高等商業学校(現 市立大学)の英語講師として大阪に住んでいました。
この日たまたま東京に来ていた彼は、被災者を見舞うために、芝白金の明治学院のグランドへ向かいました。
夕闇せまるグランドには大勢の人たちが、肩を寄せ合うように集まっていました。数は十分ではなかったでしょうが、グランドで夜を過ごすために、蚊帳(かや)と、ろうそくが支給されました。
9月になったばかりで、まだまだ残暑が厳しい時期、しかも、まだあちらこちらで火がくすぶり、時折襲ってくる余震に怯えながら、愛する家族を、帰る家を失い途方にくれた人々からは、すすり泣く声しか聞こえてこなかったでしょう。
Martin自身、深い悲しみの思いを抱いて、瓦礫と化した街を通りながら、その絶望と悲しみに包まれたグランドに近づいて行きました。
その彼の目に飛び込んできたのは、暗闇の中に浮かぶ十字架でした。
もちろん、それは本当の十字架ではなく、蚊帳の中で灯されたろうそくの光でした。でも、彼にはそれが絶望の闇に光り輝く十字架に見えたのです。 Martinはその場でペンをとり、すぐにこの詩を書きしるし、大阪に戻って、曲をつけ完成させたのでした。
1.遠き国や 海の果て いずこに住む 民も見よ
慰めもて 変わらざる 主の十字架は輝けリ
慰めもて ながために 慰めもて 我がために
揺れ動く地に立ちて なお十字架は輝けリ
2. 水はあふれ 火は燃えて 死は手ひろげ 待つ間にも
慰めもて 変わらざる 主の十字架は輝けリ
慰めもて ながために 慰めもて 我がために
揺れ動く地に立ちて なお十字架は輝けリ
3. 仰ぎ見れば など恐れん 憂いあらず 罪も消ゆ
慰めもて 変わらざる 主の十字架は輝けリ
慰めもて ながために 慰めもて 我がために
揺れ動く地に立ちて なお十字架は輝けリ
関東大震災では、もう一つあまり公けになっていない悲しい歴史的事実があります。それは、この大地震が、当時 朝鮮から移住してきた人や社会主義者による綿密に練られたテロ行為というデマが発端でした。
この地震を契機に、「朝鮮の人が大暴動を起こす」というデマに躍らされて、政府も加担。軍・警察・自警団となった民間人などがあちらこちらで、朝鮮の人々を連行、そして惨殺するという恐ろしい事態に発展したのです。その犠牲者は6,000人とも10,000人とも言われています。
そして、大震災から78年後の2001年9月11日、ニューヨークで同時多発テロが起こりました。
戦争・テロ・民族紛争・・・殺戮や残虐行為だけを愛し求めている人は誰もいないでしょう。みんな平和のために、自由のためにという大義名分のもとに行われている愚かな行為です。
私たちは、みんな弱いものです。目に見える確かなものがなければ不安に駆られてしまうのです。そして、家庭や仕事お金といった自分が頼りになると信じ込むものにすがりつき、握りしめて生きています。
でも、大震災やテロ・戦争などが起こって、それらがガラガラと音を立てて崩れていく現実に直面した時、なす術もなく呆然とするのです。何の理由もなく、罪のない子供も大人も、突然何の前触れもなく天災や戦争などによって、犠牲となり、死んでいってしまう。
悲しみを、怒りをぶつける場所がわからない。価値観が根底から覆されて、生きている目的も、何を信じて生きていったらいいのかわからなくなってしまう。。。
神様は真実なお方です。そしてイエスキリストは、この暗闇の世界から私たちを真理の道へと導いてくださる光です。こんなにも弱く、愚かな行為でお互いに傷つけあい、罪を犯し続ける私たちのために、十字架上でご自分の命を投げ出して、贖ってくださったのです。
私たちが闇の中を歩かなくてすむように、1人1人の心に聖霊という光を与えてくださいました。
キャンドルの光は、か細くて、ふっと吹けば消えてしまいます。でも、真っ暗闇の中に、この小さな光があるだけで、躓かずに歩いて行けるし、どんなに心強いでしょう。そして、神様の光は、ろうそくと違って、決して消えることのない光なのです。私たちがどんなに高慢になって、吹き消しても吹き消しても、神様は永遠に光を与え続けてくださいます。2004年9月 "サンビ・De・ナイト" 佐々木静 (NCM2元メンバー) の証しから抜粋。
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ミャンマーのサイクロン、そして四川省大震災。被災された方々の上に神様の慰めがありますように、すべての必要が満たされますよう、NCM2一同お祈りいたします。
NCM2は6月21日(土)午後2時30分から、被災した方々への支援コンサートを行います。 皆様のご協力を何卒宜しくお願いいたします。(隊長)
● NCM2「ミャンマー・四川省被災者支援コンサート」
日時:2008年 6月21日(土)午後2時30分会場 3時開始
会場:ASCENSION LUTHERAN CHURCH
住所:26231 Silver Spur Road, Rancho Palos Verdes, CA 90275
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