おっはにょん。
なぜなら、神には、かたより見ることがないからである。
ローマ人への手紙 2:11
こりゃ いいっ!
顔の凹凸が少しくらい乏しくとも、
ボティーラインのメリハリがちょいと とほほでも、
髪の毛が悲しくても、
インスタントラーメンが主食である程お金がなくても、
今日着てるTシャツに穴があいてても、
実は陰険な性格でも、なんか大丈夫みたいよ。
かたより見られることがないっていうのは
ひいきしてほしいなー
って思うわたしにはちょっと
かなしげだけど、がまんしよう。
実はわたしにはひいきされる要因がないのであった。はは。
今日も一日 みーんな平等を喜んでいこー!!
かっぱ
おはぁぁぁ。
神は海の大いなる獣と、水に群がるすべての動く生き物とを、
種類にしたがって創造し、また翼のあるすべての鳥を、種類に
したがって創造された。神は見て、良しとされた。
創世記 1 : 21
学校では 生きるものすべては海の中の単細胞から始まった
・・・と教えられて育った。
かっぱはアメーバの進化したものである。
なんの不思議もなくそんなことを100%信じて来た。
そして創世記はおとぎ話の世界。
おとぎ話から始まる聖書なんて、
自分の人生にはなんの関わりもない・・
ってずーっと思ってた。
はて、と思い直し、ちょっと止まって考えてみる。
学校で教えられたことから、一旦、自由になってみてもいいのでは?
その上で、自分が信じられるものをひとつひとつ掴んでく。
かっぱは神様が自分を創ってくれた と信じることを選択した。
そんなのばかだ って思う?
でもねぇ、ばかだと思われてもいいんだな。
かっぱは神様に作られて、守られて、愛されてる存在。
ふふふ・・・いーでしょ?
今日もいちにち既成概念からちょっと自由になってみて行こー!
かっぱ
おっはよ。
最後に、兄弟たちよ。いつも喜びなさい。全き者となりなさい。
互に励まし合いなさい。思いを一つにしなさい。平和に過ご
しなさい。そうすれば、愛と平和の神があなたがたと共にいて
下さるであろう。
コリント人への第二の手紙 13 : 11
かっぱは根っから暗い。 いわゆる ネクラ だ。
悩みたがる。心配したがる。不安になりたがる。
そんな自分がだいっきらいだぁ!と思っちゃって
持て余しちゃうことが多々ある。 いや、いつも、そう。
でも、しあわせなのは自分がどういう人になりたいか
という理想がちゃーんとわかってる、ということ。
いつも喜んでいる・・・これは本当にこうなりたい。
喜んでいたい。 喜んでいたい。
だから、自分で心を訓練するんだ。
かっぱの場合、訓練は聖書を読むことから始まる。
かっぱ個人に対して書いてくれたお手紙だと信じて、読む。
励まし合い、思いを一つにして、平和に。
はい。
今は根っこが暗いけど、必ず心からいつも喜んでる人になる。
今日もいちにち、少っしだけでも、喜んで行こー!
かっぱ
おはようございます。
たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、
わざわいを恐れません。
あなたがわたしと共におられるからです。
あなたのむちと、あなたのつえはわたしを慰めます。
詩篇 23 : 4
楽しくって、るんるん生きている時よりも、
きっと悲しくって辛い時の方が聖書のことばは
心に響く という方が多いんぢゃないだろーか。
かっぱもそんな人のひとりであります。
・・・ということは、かっぱにとって聖書は人生の
How to ものの本でもあり、心の痛み止めの薬でもあり、
栄養剤でもあり、安眠枕でもある と言えちゃう。
ちっちゃな子供のとき、人ごみの中を歩いていても
ままがっぱと手をつないでれば安心だった。
安心して自分を任せられる存在がいる。
その人はぜーったいに自分を守ってくれる。
そんな安心感があれば、毎日、それこそ死の陰の谷にいても
恐れずに生きて行ける。
信じられる ということはそれだけで しあわせ。
今日も一日 守られていること、信じてます! で行こー!
かっぱ
おはよ。
人の歩みは主によって定められる、
人はどうして自らその道を、
明らかにすることができようか。
箴言 20 : 24
自分のしたいことがあっても、
自分が夢見ていることがあっても、
人生、その通りに進むことは少ない。
がんばってるのに違う方に進んぢゃうとき、
なんともいえない敗北感と虚無感に包まれる。
どーして? なんで? なにがいけないの?
こんなに、がんばってるのに。
人の歩みは主によって定められる。
自分では自分の将来なんて、何一つわかってないし
何が良くて何が悪いのか、今は理解なんてできない。
できることは、神様にお任せしちゃって
自分に起きることを「ありがとう」と受け取ること。
それが、たとえ自分が求めてるものぢゃなくても、
いつか、どーにか、素晴らしい結果につながる。
それを信じられる人は、しあわせ。
かっぱは、自分の環境があんなでも、こんなでも、
しあわせ? と聞かれたら しあわせだよ と答えたい。
今日も一日 笑顔でいられる自分で行こー!
かっぱ
おはよ。
これによってその町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地
の言葉を乱されたからである。主はそこから彼らを全地のおも
てに散らされた。
創世記 11 : 9
言葉というものはまことに興味深い。
子がっぱの学校はその立地の関係から
いろーんな国のいろーんな言葉を話す子らが多い。
子がっぱのお友達とお話する機会があると
失礼でない程度に聞いてしまう。
今日紹介されたお友達はレバノンとベネズエラのハーフ。
レバノンの言葉(アラビア語)を話せるそう。
その他にもフランス語、ドイツ語、韓国語、中国語、
タイ語、ベトナム語、ヘブライ語、
スペイン語、イタリア語・・ 数えたらきりがない。
ご両親がその国から来たという子どもたちが多い。
そんな子どもたちが一緒に英語で学んで
ひとつのプロジェクトに取り組んでいるのを見た。
この子たちがごう慢にならず、
謙虚で感謝の気持ちを持ち続けたら
異なる言葉も操って、その上意思の疎通ができる言葉も
キープさせていただけるのかな。
そうであって欲しいな。
がんばれ、国際人の子らっ!!
今日も一日言葉が通じる素晴らしさに感謝して行こー!
かっぱ
うぃーっす。
憎しみは、争いを起こし、
愛はすべてのとがをおおう。
箴言 10 : 12
憎しみを直接表現する人、違う形で出ちゃってる人、
憎しみをコントロールする人、最初から憎まない人。
愛せない人、愛さないように心がけてる人、
愛があっても表現しない人、
そして、誰でも愛しちゃって表現しちゃう人。
いろんな人がいる。 いろんな感情がある。
だから、人間の世界はいつも忙しい。
憎まないのは難しい。 愛することも難しい。
どーして「いいこと」と判ってることが
なかなかできないのか。
愛は全ての悪いもの、欠点、そいから間違いだって
覆ってくれるほど大きいもんだ。
あぁ、愛したい、愛したい。
愛があれば、人生、多少しくじっちゃってても大丈夫・・
だねっ!
今日も一日 愛して許されて憎まずに行こー!
かっぱ
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