うぃっす。
なまけ者の心は、願い求めても、何も得ない、
しかし勤め働く者の心は豊かに満たされる。
箴言 13 : 4
かっぱは プリーズ というひと言に弱い。
子がっぱに あれ取って、これやって、
あれちょーだい、これ買って・・・
など言われるたびに プリーズは?
と そのひと言を催促し、
子がっぱがちゃんと言えると よしよし
と聞いてあげるクセがあった。
今でも プリーズ とひと言付け加えるられると
はっきり言って心が揺らぐ。
なんかやってやらにゃーいかん と思う
言葉と行動のパブロフの犬的サイクルである。
自分がしなきゃいけないこと めんどくさいからしない
なんて怠慢な人は
プリーズ と100万回言って
お願いしたって なんにも得られないんだ。
この場合、プリーズ は効き目を失う。 残念なこった。 気をつけよう。
にっぽん人は勤勉だ。 かっぱはにっぽん人だ。
物はともかく、心が豊かに満たされるように勤勉でいよう。
それでこそたまに出す プリーズ が効き目を成すのだろう。(希望)
今日もいちにち 勤勉で Please Please Please (JB!) で行こー!
かっぱ
おはよーさんです。
あなた自身を良いわざの模範として示し、人を教える場合には、清廉と謹厳とをもってし、非難のない健全な言葉を用いなさい。そうすれば、反対者も、わたしたちについてなんの悪口もいえなくなり、自ら恥じいるであろう。
テトスへの手紙 2 :7-8
客観的にみて「正しいこと」と思われることをしなさい
と子がっぱたちに諭すとき、 まずわたしはだいじょーぶだろーか
としみじみ考えることが多い。
ただし、そんなことを言っていたら子らに何も注意できなくなるので
とりあえず “わたしはかんぺきよぉ〜ん♪” のような顔で接する。。
おぉ。この罪悪感よ。
大かっぱとしての模範には、今さらなりようもないかもしれない。
ただし、今からでも少しでも清廉(心が清らかで私欲がないこと)を心がけ
非難のない健全な言葉を使うようにすることはできるかもしれない。
んーっ、非難のない言葉ってってすごく難しいかもね。
自分は非難してないっ! って思ってても結構しちゃってるものだ。
他の人を非難しないで頑張って、
そいでもって人のことばーっかり非難する人に非難されても気にしない!非難してる人は非難しない人を非難したことを おー恥っずかしいー!
って思う日が来るのだろう。
思うだけぢゃーなくて次から非難しなくなるといいな。
わたしを 他を非難しないで向上に力を注げる人間にしてくださいっ。
今日も一日 非難が口から出たら ちょっと考えてみよー で行こー!
かっぱ
おーい。
あなたがたは憂えているが、
その憂いは喜びに変るであろう。
ヨハネによる福音書 16 : 20
神様を信じ続けていれば
今悲しいことも、
今心配なことも それは喜びに変わる。
それは かっぱが持っている神様への絶対的な信頼が
かっぱにそのことを信じさせていくれている。
人をうらやまず、人のせいにせず、
「全ては神様が与えてくださった試練」と、
前向きに取り組んでいくんだ。
んー 実は憂えているときは前向きではいられないもんだな。
そんときは じーっと耐えて、マイルス・デイビスでも聞こう。
んで ぷぁ〜 っと気持ちが上向いてきたら
アース・ウインド & ファイアーでいいじゃないかっ!
こういうとき、日本の音楽でたとえられない自分がちょっと残念だな。
今日も一日 憂いを喜びに変えてくれるものはなんでもありがとー! で行こー!
かっぱ
おはよー!
兄弟たちよ。 あなたがたが召されたのは、
実に、自由を得るためである。
ただ、その自由を、肉の働く機会としないで、
愛をもって互いに仕えなさい。
ガラテヤ人への手紙 5 : 13
かなり長い間 クリスチャンは気持ち悪いと思っていた。(ごめんなさい)
かなり長い間 クリスチャンは
:
MUST
− 男性は髪の毛7:3でポマード 、黒ぶちめがね
MUST
− 女性はストレートの黒髪で(お年寄りは別)後ろで束ねる
MUST
− 白いシャツに紺のパンツかスカート
MUST
− 嗜好品を一切口にしない、コーヒーさえも・・・
MUST
そして
− 二言目には "愛〜" "罪ぃ〜" とわけのわからないことを言う
−
しちゃいけないことにがんじがらめにされて自由がない
今となっては上記項目もそれはそれで、素晴らしいと素直に思える。
が、 かっぱが思っていたことはほとんどまちがっちゃってた。
精神的自由があれば 他のことはなーんだってかまわない。
自由を得た人って、強いなぁー とほんと、感じるのである。
フリードラッグやフリーセックスなんかとは次元の違う
"自由"
自分の権利だけを主張するのとは違う
"自由"
自由なマインドを持って 明るく、助け合って、
愛し合って、許しあって
そして 髪の毛はまっ茶色のアフロ系だけど、
お化粧も濃いかもしれないけど、召されたかっぱはつき進む。
今日もいちにち 内側から開放されてじゆぅ〜な感じで行こー!
かっぱ
おはよーさん。
なまけ者は、「道にししがいる、
ちまたにししがいる」 という。
箴言 26 : 13
大変疲れている。
朝、起きるのが辛い・・・
目覚ましが鳴っている・・
起きて止める・・
あと3分寝られる・・・
恐怖の二度寝・・・
次に起きた時、
家を出ないと間に合わない時間をとっくに過ぎている・・
会社に電話をする。
「あ、かっぱですぅ。 あのぉ、会社に行こうとして
家を出たら、
道とちまたにししがいるんでぇ、そうそう、
おっきい奴です。
だから、ちょっと行けないんですぅ」
なーんて。
今の時代、「しし」 が理由になるかどうかは別として、
かっぱもこんな気持ちになることが全くないわけぢゃーない。
理由を無理やり見つけて、それに信憑性をもたせたりして
自分がなまけることが正当だと思わせる。
でも・・・・きっとそんなことしたら後味が悪い。
後悔しちゃう。
よしっ! ってちょっと奮起して、
身体と脳みそが動き始めて
エンジンさえかかっちゃえば、
もう大丈夫。
そして、ちゃんとやることやって一日終われば、
気分爽快、満足満足。
今日もいちにち なまけたいけど「しし」はいないしなぁー で行こー!
かっぱ
おっぱよ。
イスラエルの家はその物の名をマナと呼んだ。それはコエンドロの実のようで白く、その味は蜜を入れたせんべいのようであった。
出エジプト記 16 : 31
神様を求める人は な〜んにもない荒野をさまよっていても
必ずや食べ物を与えられるのでした。
マナというのは神様が40年にも渡って与えてくれた素敵な食べ物。
今の時代に生きるかっぱ。
このきゅうりがおいしい、あのきゅうりがまずい などと
勝手なことを言ってますが、この“マナ”に勝る味はないんではないか
と思います。 その時々に与えられるごはんは素晴らしい。感謝。
ところでコエンドロってなんだと思います?
英語では コリアンダー、シアントロ、中国語ではシャンツァイ(香菜)
タイ語ではパクチー という、最近お馴染みの香草のことなんですと。
むかーしっからの香草なのね。 かっぱは大のコリアンダー好きですが
次にいただくときには そういった感慨を胸に味わってみよう、そうしよう。
今日も一日 食べるものひとつひとつに感謝して行こー!
かっぱ
最近のコメント